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ドラマでヒット⑫3年B組金八先生:日本を代表する教育ドラマ

 このドラマは、僕が大学3年の頃(1979年)から始まったドラマです。今もなお続けて、ドラマ・シリーズとして放映されている、長寿ドラマです。

 坂本金八先生こと武田鉄矢のハマリ役と言っていいでしょうが、この坂本とは武田鉄矢が尊敬する坂本龍馬からとったもの。金八は、8人兄弟の8番目という話があったようですが、本当は金曜日の8時からの番組となったことがきっかけ。当時は、「太陽にほえろ」の裏番組として放映されましたが、平均視聴率25%位あったというから、驚きです。

 このドラマは、その後教育界にかなりの影響を与えましたから、学園ドラマというより教育ドラマ的なものになりました。とりわけ、このドラマから田原俊彦や近藤真彦などのアイドルが誕生しましたが、僕は杉田かおると鶴見辰吾をメインにした「15歳の母」で命の大切さを訴える坂本先生の熱っぽさがすきでしたね。主題歌「贈る言葉」は、その後卒業式などでも歌われるようになりました。

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ドラマでヒット⑪熱中時代:刑事編 「相棒」のルーツ 水谷的刑事

 このドラマは、僕が大学3年の頃(1979年)放映されましたが、かっこよさより水谷的ユーニクさがにじみ出た刑事像でした。早野武こと水谷豊の独特の口調によるドラマ展開が、本当に面白かった。ドラマで妻役をした早野ミッキーことミッキー・マッケンジーは、現実でも妻となりますが、やがて離婚。水谷豊は、キャンディーズの伊藤蘭と家庭を持ちました。

 現在、「相棒」が大ヒットしていますが、個性を発揮する水谷的刑事のルーツは、このドラマでした。平均視聴率が28%程度だったようですから、当時は大ヒットしたドラマでしょう。主題歌の「カリフォルニア・コネクション」も大ヒットでした。

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ドラマでヒット⑩飛び出せ青春:NHKの裏番組の出演者がNHKの歌番組に出演

 これは、僕が中学2年の頃(1972年)、放映されていた青春ドラマ。「青春とはなんだ」に始まって、6作目のドラマでした。河野武こと村野武範が言った「レッツ・ビギン」が流行語にもなりましたが、それまでの先生らしい先生ではなく、長髪で子どもっぽいところが、人気をはくしました。でも僕はどちらかというと、同僚の酒井和歌子のほうに関心がいっていましたね。

 青い三角定規が歌う主題歌の「太陽がくれた季節」は大ヒット、出演していた石橋正次の「夜明けの停車場」もヒットしました。この年末に、彼らはNHK紅白歌合戦が出演しましたので、このドラマの人気の程がわかります。これは、NHKの大河ドラマの裏番組として製作されながら、そのNHKに出演するというのも、今考えるとおかしな話です。

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ドラマでヒット⑨東京ラブストーリー:誰でもがラブストーリーの主役

 このドラマが放映された頃(1991年)は、子どもが2歳。仕事と子どもで、家庭でもあまり余裕がなかった時でしたが、なぜかこのドラマは、よく見ていました。

 若かりし織田裕二と鈴木保奈美のカップルが、初々しかったですね。この二人を、江口洋介や有森也実など若手キャストが脇を固めていました。内容も、トレンディ・ドラマの先駆け的で、スピード感がある恋愛物語でした。小田和正が歌う主題歌「ラブストーリーは突然に」も大ヒット。僕の好きな曲でもあります。

 原作は、柴門ふみの少女コミックですが、女性の人気を得ると、やはりヒットしますね。柴門ふみの柴門(さいもん)は、彼女がポール・サイモンのファンだったとのこと。彼女の記事を読むと、なんとなく癒されます。

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ドラマでヒット⑧プロジェクトX:挑戦者たちの声が聞こえる

 これは、21世紀を迎えようとする2000年に発売された中島みゆきの「地上の星/ヘッドライト・テールライト」を挿入歌とする、NHKのドキュメンタリー番組でした。

 感動して、思わず涙ぐむこともあったほど、よくできた番組でした。全国PTA協議会でも、「子どもたち見せたい番組」NO14年連続維持し、まさにNHKらしい番組でした。

 また、中島みゆきが歌う2曲も、番組にマッチしていて、番組名を言わなくても、「地上の星」で番組がイメージ化できましたね。再放送があれば、また見たい番組です。

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ドラマでヒット⑦青春とはなんだ:青春ドラマの先駆け作品

 これが、テレビで放映されたのは、僕が小学1年の頃(1965年)でした。小学生低学年ながら、よくこのドラマを見ていましたね。原作は、石原慎太郎で、このドラマに先駆けて製作された映画では、石原裕次郎が主役でした。主題歌は、布施明の「若い明日」でした。よく、大きな声で歌っていました。

 いわゆる青春ドラマの先駆けで、これ以降「これが青春だ」などの青春ものが流行するのですが、モノクロでした。

 アメリカ帰りの英語の教師が、ラグビーを通して生徒たちとの絆を強めていくものですが、当時ラグビーというのも一般的なスポーツではなく、このドラマでラグビーを知ったという感じでした。

 夏木陽介、加藤大介や藤木悠など・・、今考えると後の大物俳優が出演していましたね。

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ドラマでヒット⑥西遊記:ゴダイゴの歌とともに大ヒット

 これは、僕が大学生の頃(1978年)に放映されたドラマですが、ゴダイゴの歌とともに大ヒットしました。この年は、日中平和友好条約が調印された年で、中国との友好ムードが盛り上がっていましたし、中国ロケというのも、当時画期的なことでした。

 玄奘三蔵は、今は亡き夏目雅子でしたが、彼女のスキンヘッドが愛らしかったですね。孫悟空に堺正章、猪八戒に西田敏行というキャストが、物語をコミカルにしていました。その後、パート2も製作されましたが、キャストも変更されたせいか、人気もトーンダウンしたような気がします。

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ドラマでヒット⑤若者たち:団塊世代を象徴するドラマ

 これは、僕が小学3年生の頃(1967年)のドラマで、モノクロでした。東宝映画の加山雄三シリーズで名脇役、「北の国から」では主役と言ってもいいくらいの存在感があった田中邦衛が出演していたドラマです。

 長男と次男は真面目に仕事しているのですが、三男は学生運動に没頭。オリエの佐藤オリエは家事全般をしているという設定なのですが、いつも三郎役の山本圭の左翼的学生活動家の姿と兄弟喧嘩が絶えない佐藤家を描いたドラマでした。団塊の世代にとっては、本当になつかしいドラマです。

 当時僕も毎週見ていましたが、大学紛争の意味もわからない時期ですから、かわいい佐藤オリエのとりこになっていたようです。ザ・ブロード・サイド・フォーの「若者たち」は永遠の名曲となりました。

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ドラマでヒット④泣いてたまるか:「男はつらいよ」の源流ドラマ

 これは、僕が小学校4年生の頃(1966年)のテレビ・ドラマですが、毎回見ていたような気がします。日曜日の午後8時からあっていたと思いますから、NHK大河ドラマの強力なライバル番組でしたね。

 主役は、青島幸男や中村嘉津男などもしていましたが、やはり渥美清というのが、ピッタリでした。この番組が、その後「男はつらいよ」につながっていったというのは、もう周知されたこと。「男はつらいよ」のテーマ・ソングも名曲ですが、「泣いてたまるか」も名曲です。

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ドラマでヒット③おれは男だ!:女性誌から生まれた熱血青春ドラマ

 これは、僕が小学校から中学校へ進学する頃(1971年)に放映されていたもの。森田健作の剣道を通したドラマが、妙に男らしさを強調したものでしたが、原作は女性雑誌からでした。

 海岸を駆け回る姿や、海に向って叫ぶ光景は印象的でした。小林弘二こと森田健作と、吉川操こと早瀬久美の掛け合いは好印象で友情を感じるものでした。

 脇役も、今考えるとベテランを配し、若い森田健作を引き立てるものとなっています。テーマ・ソング「さらば涙と言おう」は、今でもカラオケで歌い継がれる名曲です。

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ドラマでヒット②これが青春だ:テレビに定着した青春ドラマ

 これは、「青春とはなんだ」に次ぐ、第2作目の青春ドラマ。第1作目は夏木陽介が主役でしたが、この作品では少しごっつい感じの竜雷太。本当は、引き続き夏木陽介で行くようになっていたようですが、仕事の都合で急きょ変更になったとのことで、彼は第3作目の「でっかい青春」まで主役を演じることとなりました。

 高校生活の物語ですから、小学4年生(1966年)の僕には理解できないことがありましたが、コミカルに描かれる学園ドラマでも面白かったですね。加山雄三の奥様の松本めぐみ、岡田可愛、故坂本九さんの奥様の柏木由紀子など、懐かしい面々ですが、本当にみんな若いですね。

 布施明の同名の主題歌がヒットし、青春ドラマがテレビで定着した番組だったのではないでしょうか。

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ドラマでヒット①俺たちの旅:時代の変化を象徴するドラマ

 これは、僕が高校2年(1975年)の頃の作品ですが、毎週楽しみでした。オープニング・テーマは、恰好よかったですね。ジーパンに下駄という姿は、現代的バンカラを象徴していて、僕も町に出るときは、その姿をまねていました。挿入歌の「ふれあい」はヒットし、それから中村雅俊の歌は立て続けにヒットしていましたね。

 内容は、規制にとらわれない大学生活を謳歌する若もたちの物語ですが、大学受験を控えていた僕にとっては、大学生活の基準がこの作品でできたような感じがします。

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ポール・サイモン・ウィズ・ギター③旧友:現在の彼らのテーマソング

 この曲は、アルバム「ブックエンド」に収録されていますが、「ブックエンド」とともに効果的に引き継がれており、アルバムのコンテンツが感じられます。この映像は、その当時のものでしょうが、声とギターが一体化されているという印象を受けます。

 「ブックエンド」はインストロメンタルですから、高校時代から練習していました。弾けるようにはなったものの、ポールの映像を見ると、違う曲を奏でているような気がします。「旧友」との連携がいいですね。

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ポール・サイモン・ウィズ・ギター②サウンド・オブ・サイレンス:彼らの出発曲

 この曲は、まさに彼らの出発でした。やがて、この曲はロック化されますが、アコースティック・ギターの「サウンド・オブ・サイレンス」は、彼らの音楽スタイルを象徴しているような気がします。

 ファースト・アルバム「水曜の朝午前3時」に収録されている曲そのものが、ここにあります。貴重なビデオです。

 中学1年の頃ギターを覚え始め、この曲の伴奏譜面を購入し、毎日練習したものです。しかしなかなかうまくいかなったことを、今でも覚えています。ポールのギター演奏の映像があれば、もっと早くギターを習得できたのではないかと、いまさらながら思います。

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ポール・サイモン・ウィズ・ギター①アンジー:ポールのギター・テクニック

 この曲は、アルバム「サウンド・オブ・サイレンス」に収録されているのですが、アルバム全体がロック調に仕上がっている中では、アコースティック・ギターのみのインストロメンタルです。ポールは、イギリスでの武者修業時代でも、この曲をよく弾いていたようで、隠れた名曲というところでしょう。

 このビデオでポールと一緒にギターを弾いているのは、ポールの弟のエド・サイモンですが、兄弟の演奏というのは珍しいですね。それに、演奏の中にビートルズの「デイ・トリッパー」を忍ばせているというのも、ポールのサービスですね。

 僕はこの曲を、アルバムを購入した中学2年の頃(1971年)初めて聴きました。インストルメンタルでしたから、それほど印象に残らなかったのですが、その後映像を見て、この曲の迫力とポールのギター・テクニックに魅了されてしまいました。

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サプライズ:平和と未来に託したポールの願い

 「ユー・アー・ザ・ワン」以来、6年振りのオリジナル・アルバム。本当にポールは、前を向いて音楽を創造する芸術家です。
 全体的には、映画音楽として作られた「ファーザー・アンド・ドーター」が浮いた感じがするのですが、ポールのテーマはしっかりとしたものを感じます。
 まず、ブライアン・イーノとのコラボによる音作りは、エレクトロニクス・サウンドをベースにした仕上がり。これは、アルバム「水曜の朝3時」から「サウンド・オブ・サイレンス」への音作りへのサウンドの飛躍を感じます。
 しかし、平和と未来に託したポールの願いは、一貫しています。「ハウ・キャン・ユー・リヴ・イン・ザ・ノースイースト?」で、独立記念日を中心に時事問題を取り上げながら、過去を後悔。
「戦時下の祈り」では、イラク戦争の想いを綴り、「ビューティフル」では、日常の生活の中に、別の場所で起こっている子どもたちの思いを歌っています。
 これは、ポールが、60年代から訴えてきた、平和へのアッピールともとることが出来るものです。
 60歳を超えたポールの、歴史からのアッピールを感じることができるアルバムです。

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カーペンターズ ア・ソング・フォー・ユー:絶頂期のベスト・ヒット集

 このアルバムは、僕が中学2年生の頃(1972年)のアルバムですが、まさにカーペンターズ絶頂時代のものです。

 「トップ・ポ・ザ・ワールド」は、彼らの気持ちを素直に表現した歌でした。世界ツアーを自家用ジェットで飛び回る映像は、当時の彼らの音楽界の位置を示しているとも言えました。まさに、世界の頂点だったと思います。

 「愛にさようならを」「ハーティング・イーチ・アザー」「愛は夢の中に」など、絶頂期のヒット曲が盛りだくさんのアルバムです。そのほか、レオン・ラッセルの曲でアルバム・タイトルとなっている「ア・ソング・フォー・ユー」は聴き応えがあります。カレンとリチャードの想い出のアルバムなのではないでしょうか。

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ナウ・アンド・ゼン:オールディーズ・ヒット曲集

 このアルバムが発売されたのは僕が高校1年の頃(1973年)でしたが、まさにカーペンターズの黄金時代でした。「シング」「イエスタデイ・ワンス・モア」などヒット曲が収録されているだけでなく、「ジャンバラヤ」や「マスカレード」などのカヴァー曲も、十分聴かせてくれる曲で、これらも当時はヒットしていました。この頃になると、初々しさというよりは、貫禄をも身につけたグループになっていました。

現在では、ここに収録されている歌は、いまだに歌い継がれている名曲ばかりです。

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遥かなる影:カーペンターズがイメージ化された名盤

 名曲「スーパースター」の源流が、このアルバムにあります。残念ながら、僕は「スーパースター」に魅了されたあと、「遥かなる影」を聴きましたが、まさにこの曲の延長線上に「スーパースター」があると言った感じです。

 「遥かなる影」は、それ以前リチャード・チェンバレンやディオンヌ・ワービックが歌ったものですが、雰囲気がずいぶん違いますね。やはり、カレンのイメージがついてまわります。人のカヴァーを自分のものにすることは大変難しいいと思うのですが、「愛のプレリュード」も同様です。これは、当時テレビCMの曲でしたが、リチャードのアレンジで名曲となりました。反面、「ヘルプ」は、ビートルズをよく聞いていたせいか、これだけはやはりビートルズでした。 

 しかし、カレンの歌声とリチャードのセンスが、よく引き出されたアルバムです。

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カーペンターズ:荘厳な曲に清楚なカレンに魅了

 僕が、このアルバムの「スーパースター」を最初に聴いたのは、中学2年の頃(1971年)でした。当時サイモン&ガーファンクルをはじめポップスに夢中になっていた僕の第一イメージは、荘厳な曲ながらもカレンの声の聡明さでした。どことなく、歌の中に引き込まれてしまいそうで、今でも好きな曲の一つです。このアルバムは、中学校時代の僕の貴重なアルバムです。

 最初は、このアルバムの中にある「雨の日と日曜日は」が、アルバム・タイトルだったと思いますが、この曲もカレンの沁み入る声がいいですね。何となく、中学校時代の切なさがよみがえってきます。

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Paul Simon in Concert:Live Rhymin’

 ポールのソロ・ツアーからセレクトされた「ライブ・ライミン」は、レコードとして発売された当時、公式にはS&G時代を含めて初めてのライブ盤。

ポールのステージ上の歌だけでなく、会話を聞くことで感動のアルバムでした。「僕とフリオと校庭で」「早く家を帰りたい」「アメリカの歌」では、ポールの生ギターを堪能。その後、ウルバンバをバックに「コンドルは飛んでいく」「ダンカンの歌」「ボクサー」を聴かせてくれます。「明日に架ける橋」は、製作段階ではゴスペル風に企画されていましたが、このライブでは、より荘厳なゴスペル風「明日に架ける橋」を聴かせてくれます。必聴の価値ある一枚です。

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ポール・サイモン 時の流れに

 おじさんっぽいポールの写真が、アルバム・ジャケット。これだけで、アルバムのイメージが伝わってきそうです。レコードが発売された当時、S&G再結成の噂の中で、「二人がレコーディング」の記事が飛び廻りました。その歌が、「マイ・リトル・タウン」。久しぶりの、二人のハーモニーを聴かせてくれています。「時の流れに」は、「クレイジー」と歌いながら、ほろ苦いトーンでうっとりと聴きこんでしまいます。「恋人と別れる50の方法」は、ドラムの音に合わせて作ったコミカルな曲ですが、ポールにとってはソロ初のNO1となりました。全体的に、しっとりと聴かせくれるアルバムだけに、1976年にグラミー賞を受賞した、ポールの代表的なアルバムです。

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ポール・サイモン There Goes Rhymin’Simon

 ポール、2枚目のソロ・アルバム。原題は「韻を踏むのが好きなサイモンさんがまたやってるよ」と言うらしいのですが、まさにポールの「ひとりごと」なのかもしれません。アルバムが発売されたのは1973年でしたが、当時発売前から「僕のコダクローム」が某フィルム会社のCMソングとしてテレビから流れてきて、唖然としたことがありました。アルバムが発売される頃には、メロディを口づさみながらレコードを購入。それほど「僕のコダクローム」は、馴染みやすいヒット曲です。「アメリカの歌」は、ニクソンのウォーター・ゲート事件で権威が失墜していくアメリカのフロンティア魂を呼び戻すために作られたような詩。S&Gのコンサートでは、アーティも一緒に歌っているだけでなく、ニューヨークの9.11テロ以後も、「イマジン」とともに歌い継がれている名曲。

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ポール・サイモン リズム・オブ・セイント

 アフリカのドラム・テクニックの源流が西アフリカにあることを知ったポールが、ブラジルのリズムを基本に作成したアルバム。スタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」では、原始人が木で物を打ちながら感情を表現し、それを空に投げると宇宙船に変わるシーンがあります。人間の感性は、打つことやリズムの中にあるのかもしれません。その感性を表現するリズムに、ポールが挑戦したアルバムと言えるでしょう。「オヴィアス・チャイルド」は、91年のポールの「セントラル・パーク」コンサートのオープニングを飾りました。心地よいリズムが、体に動きを与えてくれます。都会的な「クール・クール・リバー」や「コースト」など、南米の熱い心をかきたててくれます。好き嫌いがありそうなアルバムですが、聴きこなしていくうちに、体の中から気力が湧き出てくるアルバムです。

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ポール・サイモン グレイスランド

 このアルバムは、ポールを世界のエンターティナーに育てました。国連の制裁を受けていた南アフリカでレコーディングをし、その音楽を導入。批判もありましたが、国境を越えた彼の音楽活動は、世界から大きな評価を得ただけでなく、世界の人々から絶賛を受けたアルバムです。1987年と88年の2年連続、グラミー賞を受賞。ポールは、S&G時代の「明日に架ける橋」を一人で乗り越えました。

「ボーイ・イン・ザ・バブル」とアフリカの子どもたちを呼び、アコーディオンの音色が希望と恐怖を混在させたイメージにしてくれます。「グレイスランド」は、エルヴィスの家へ旅するポールの高まる気持ちがギターに乗ってしまい、つい体が揺れてしまします。DVD「グレイスランド・コンサート」を見ると、国境を超えた一体感のあるライブを楽しむことができます。これ以降、ポールの活動は、大陸を越えた音作りへと進化していきます。

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ザ・ビートルズ

 通称「ホワイト・アルバム」と言われているアルバム。ビートルズも後期にさしかかると、4人それぞれの作風や音楽的指向の違いが出始めました。このアルバムは、それぞれが個性を前面に出し始め、メンバーもばらばらにレコーディングすることも多くなった頃のものです。
 ジョンはヨーコの影響が出始め、詩的な「ジュリア」や前衛的な「レボリューション9」を作り、ポールはジョン・デンバーもカバーした「マザー・ネイチャー・サン」や「ブラックバード」などを手掛けています。スカのリズムを取り入れた「オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ」や、エリック・クラプトンをリード・ギターに招いたジョージの「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリーウィーブス」などは聴きどころです。リンゴが初めて書いた曲「ドント・バス・ミー・バイ」も披露されており、彼らの個性を惜しみなく表現したアルバムといっても過言ではないですね。

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ウィズ・ザ・ビートルズ

 チャート1位を半年以上もまもったファースト・アルバム「プリーズ・プリーズ・ミー」の首位を奪ったのが、このセカンド・アルバム。 レコーディング期間は、わずか1週間というから、驚きのアルバムです。
 シングル・ヒット曲が1曲も入っていないため、目立たない存在だけど、ジョージが初の自作曲「ドント・バザー・ミー」を披露。リンゴが歌う「アイ・ウォナ・ビー・ユア・マン」は、ジョンとポールがローリング・ストーンズの目の前で仕上げて、プレゼントしたことでも有名。カーペンターズがカバーした「プリーズ・ミスター・ポストマン」や、メロディアスな「オール・マイ・ラビング」などは、聴きどころです。

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